人を戀ふる歌
三高寮歌
與謝野鐵幹 作詞 作曲者不詳
妻をめとらば 才たけて
みめ美はしく 情(なさけ)ある
友をえらばば 書を読みて
六分の侠氣 四分の熱
戀(恋)の命を たづぬれば
名を惜しむかな 男(をのこ)ゆゑ
友の情を たづぬれば
義のあるところ 火をも踏む
汲めや美酒(うまざけ) うたひめに
乙女の知らぬ 意氣地あり
簿記の筆とる 若者に
まことの男 君を見る
あゝわれ コレッジの奇才なく
バイロンハイネの 熱なきも
石を抱きて 野にうたふ
芭蕉のさびを よろこばず
人やわらはん 業平(なりひら)が
小野の山ざと 雪をわけ
夢かと泣きて 歯がみせし
むかしを慕ふ むら心
見よ西北に バルカンの
それにも似たる 國のさま
あやふからずや 雲裂けて
天火一度 降らむとき
妻子を忘れ 家を捨て
義のため 恥を忍ぶとや
遠くのがれて 腕を摩す
ガリバルディや 今いかに
玉をかざれる 大官は
みな北道の 訛音(なまり)あり
慷慨(かうがい)よく飲む 三南の
健兒は散じて 影もなし
四度玄海の 波を越え
韓(から)の都に 來てみれば
秋の日かなし 王城や
昔に變る 雲の色
あゝわれ如何に ふところの
劍は鳴りを ひそむとも
咽(むせ)ぶ涙を 手に受けて
かなしき歌の 無からめや
わが歌聲(声)の 高ければ
酒に狂ふと 人のいふ
われに過ぎたる のぞみをば
君ならで はた誰か知る
あやまらずやは 眞ごころを
君が詩 いたくあらはなる
無念なるかな 燃ゆる血の
価(あたひ)少なき 末の世や
おのづからなる 天地(あめつち)を
戀ふるなさけは 洩らすとも
人をのゝしり 世をいかる
はげしき歌を ひめよかし
口をひらけば 嫉(ねた)みあり
筆を握れば 譏(そし)りあり
友を諌(いさ)めに 泣かせても
猶ゆくべきや 絞首臺(台)
おなじ憂ひの 世に住めば
千里のそらも 一つ家
己が袂(たもと)と いふなかれ
やがて二人の 涙ぞや
はるばる寄せし ますらをの
うれしき文(ふみ)を 袖にして
けふは北漢の 山のうへ
駒立て見る日 出づる方
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