陸奧の吹雪
落合直文 作詞 好樂居士 作曲
白雪深く 降り積る
八甲田山(やかふださん)の 麓原
吹くや喇叭の 聲(声)までも
凍るばかりの 朝風を
物ともせずに 雄々しくも
進み出でたる 一大隊
田茂木野(たもきの)村を 後にして
踏み分け上る 八重の坂
雪はますます 深うして
橇(そり)も動かぬ 夕まぐれ
せんなくそこに 露營せり
人は氷柱(つらゝ)を 枕して
明くるを待ちて また更に
前へ前へと 進みしが
み空の景色 物凄く
忽(たちま)ち日影 かき暗し
行くも歸(帰)るも 白雪の
果ては道さへ 失ひぬ
雪降らば降れ 我々の
勇氣をこゝに 試し見む
吹かば吹け さりとても
行く所まで 行かでやは
さは云へ今は 道もなし
あはれ何處(いづこ)ぞ 田代村
君の爲には 鬼神(おにがみ)も
取り拉(ひし)ぐべき 丈夫(ますらを)も
國の爲には 火水にも
入らば入るべき 武士(ものゝふ)も
今日の寒さは 如何にせむ
零度を下る 十八度
身を切るばかり 寒ければ
またも露營と 定めしが
薪の無きを 如何にせむ
食のあらぬを 如何にせむ
背嚢(はいのう)銃床 焚きつれど
そもまた盡(尽)きしを 如何にせむ
雪の此の夜の 更けゆきて
寒さいよいよ まさりたり
凍えこゞえて 手の指の
みるみる落ちし ものもあり
神いまさぬか あなあはれ
いのち迫れり 刻(とき)の間に
居ながら死なん それよりは
いづこへなりと 行き見むと
山口少佐を 初めとし
二百餘人の つはものが
別れ別れに 散り散りに
たどり行きけり 雪の道
烏拉爾(ウラル)の山の 朝吹雪
吹かれて死ぬる ものならば
西伯利亞(シベリヤ)原の 夜の雪
埋れて死ぬる ものならば
笑み含みても あるべきに
あゝあはれなり 決死隊
ここの谷間に 岩かげに
果敢(はか)なく斃(たふ)れし その人を
問ひ弔(とぶら)へば なまぐさき
風いたづらに 吹きあれて
うらみは深し 白雪の
八甲田山の 麓原
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